百人一首と脳の鍛錬
北陸予防医学協会施設長 山上 孝司 医師
私の父は、一種の教育おやじでした。家庭の都合で上の学校に行けなかったことで、子供にはしっかりと教育を受けてもらいたいという願いがあったようです。
そのおかげで(そのせいで)、幼稚園時代に無理やり百人一首を覚えさせられ、かつ先生に師事し、かるた大会にも出ました。私は石川県の小松市生まれですが、父の実家は正月には必ず百人一首の試合をするほど、かるた好きの土地柄でした。
そのまま父が元気であれば、もしかすると今頃、かるた名人になっていた?かも知れませんが、小学1年生の時から父は、結核、胃潰瘍、腸炎などを繰り返し発病して、ずっと病院暮らしとなり、必然的にかるた大会に出ることもなくなり、練習もしなくなりました。それでも小学校の間は、公民館などで時々練習や試合をすることがあったのですが、中学以降は全く百人一首からは遠ざかってしまいました。
ところが、富山県でねんりんピックが開催される前年の2017年の忘年会で、当協会の看護師から、来年のねんりんピックに富山チームから出てみないかと誘われました。この看護師は、富山県かるた協会の会長で、私が忘年会のあいさつで、つい小さい頃に百人一首をやっていたことを話したために誘ったものです。
それから毎土曜日に海老江の公民館で練習をはじめたところ、意外にも昔通りに札が取れて、自分でもびっくりしました。
2018年のねんりんピックのかるた大会は、宇奈月温泉で行われたのですが、会長ならびに事務局長さんは、その運営に忙しく、結局富山県からは1チーム(4人)のみの参加となりました。かるた大会は、事前の申告(何段の人が何人いるか)によって、強いAブロックからEブロックまで組み分けされ、富山県チームはDグループとなり、8チームで3試合しました。1試合は3人対3人で行われるので、私は2試合に出ました。富山チームは1試合目も2試合目も敗れて、3試合目に7、8位をかけて山口県のチームと対戦しました。その試合は私も出たのですが、他の2人が1勝1敗で、私が勝つか負けるかによって、7位か8位が決まる状況でした。
形勢は断然相手が有利で、相手が1枚だけになったのに、私の方は7枚残っていました。ここで私に運が回ってきて、6枚続けて私の方の札が読まれ、とうとう1枚対1枚、いわゆる「運命戦」になってしまいました。その時、すでに他の試合がすべて終わっていて、私達の試合だけになっており、横に公式審判員がついて最後の勝負を審査することになりました。
ここで読まれた札は、上の句が「みちのくの」という札です。幸運にも、この札も私のところにあり、私は、「み」と読み手が読むと同時に、札を取り、私の勝ちが決まったのでした。実は、「みちのくの」の他に「みよしのの」札が残っていたので、「み」で札を取ることはできず、「みち」と読まれた段階で取るべきなのを、早まって「み」で取ってしまったのです。会場からは、「ほうー」という賞賛のため息が流れましたが、それは私が「みち」を聞き取ってから取ったと勘違いしたわけです。
このような劇的な勝利を得たので、うれしくなってその後も練習に通い、次の年の「和歌山ねんりんピック」にも参加し、この時は3戦戦って、2勝1敗でした。
その翌年の2020年は、コロナ感染のまっただ中で、当然ねんりんピックは開かれず、次に参加したのは、2023年の愛媛大会です。この間、コロナ感染のために練習会が開かれず、私はCD付きの百人一首を買って、今も休みの朝に自宅で一人で練習しています。
百人一首をやっていると、まず短期記憶が鍛えられます。試合の前に15分かけて、相手の25枚と自分の25枚がどこにあるか覚えます。自分の方は並べ方が決まっているので、すぐに記憶できますが、相手の並べ方はわからないので、相手の札の場所を覚えるのが中心になります。試合が始まると、1枚終わるたびに、以前の記憶を修正する必要があります。たとえば、「朝ぼらけ」は「朝ぼらけ、有明の月・・」という上の句と、「朝ぼらけ、宇治の川ぎり・・・」という上の句があるので、どちらかの1枚が出るまでは、「あさぼらけ」では取れません。ところがどちらかが読まれると、次からは、「あさぼ」で取ることができます。なぜ「あさぼ」まで聞く必要があるというと、他に「あさじうの」という句があるからです。もしこの次に「あさじうの」は出れば、次は「あさ」でとれます。「あ」ではじまる札は16枚あるので、残りの札が全部出なければ、「あ」だけでは取れません。したがって、1枚出るたびに、記憶を修正し、より早く札を取るようにしなくてはならないのです。これを約1時間続けるのですが、疲れは全くなく、早く取れるのがうれしくなりますし、1試合1試合、すべて展開が違うので、大変面白いです。
年を取ってからは百人1首の札を覚えるのは、至難の技だと思います。幼稚園の時は、わけもわからずに覚えさせられて、大変つらかったですが、そのおかげで今は楽しい趣味の1つができ、かつ頭の鍛錬にもなるので、おやじに感謝です。

